野こえ山をこえ PO DOLINAM I PO VZGOLYAM

【作詞】エフ・アリモル
【作曲】ア・トウロフ
【訳詞】中央合唱団
【MIDI製作協力】マルちゃん

1.野こえ丘をこえて
  パルチザン部隊は行く
  太平洋めざし 敵のとりでに
  太平洋めざし 敵のとりでに

2.赤き血潮にもえて
  軍旗ははためく
  勇みゆくは我ら プリアムールのパルチザン
  勇みゆくは我ら プリアムールのパルチザン

3.この日々のほまれは
  永久に輝く
  夜襲に轟くスパスカ ワラチャーエフの戦闘
  夜襲に轟くスパスカ ワラチャーエフの戦闘

4.アタマンをたたきのめし
  将軍を追い払い
  今太平洋の岸に 平和の波うつ
  今太平洋の岸に 平和の波うつ


【H20.2.2】
飯塚広訳詩の「丘をこえ 谷をわたり」の楽譜を元にMIDIを作り替えました。
歌詞は以下の通り

【訳詞】飯塚  広
【作詞】エス・アルィモフ

丘をこえ谷をわたり 昨日も今日も
闘いは進む シベリヤのはて x2

丘をこえ谷をわたり 進むはパルチザン
手づくりの旗を ひるがえす風 x2

ともしびまたたく はるかな町に
闇深き村に かがやくパルチザン x2

丘をこえ谷をわたり 平和の守り
われらパルチザン 前線に立つ x2

【H16.3.3掲示板より】
エーちゃんの会社のロシア語に堪能な方にききましたら、
Po Dolinam i po vzgorjjamは
“谷越え、 丘越え”が正しいでしょうとのことでした。
Vzgorje は山というより 丘、小山といったニュアンスらしいです。


これはロシア革命に対し干渉してきた日本軍と闘った極東パルチザンの中から生まれた曲。たしか当時も日本は英米と連んでいたんですね。バイカル湖当たりまで日本は進軍し、1922年撤退。ソビエト社会主義共和国連邦が成立します。日本側の名目としては、白衛軍の一派が沿海州を中心に「極東共和国」というのをたて、その保護でした。(Iwakichsky)

実は、歴史的検証は確かではないんですが、「満州の丘に立ちて」でもこの日本によるロシア革命干渉について述べてます。当時の混沌とした世相の中で、日本軍国主義が確立して行ったんですね。
歌詞に色々と難しい固有名詞が出てきます。調べてみましたが、よく分かりません。一つだけ、アタマンについては、ものの本によるとロシアのコサックの隊長ということらしいですが、これでは意味が通じなくなります。アタマンには、この意味のほかに、派生的に村長など権力者をあらわす意味も有るようです。ステンカラージンのラージンなどの農民反乱の指導者や盗賊の首領もアタマンと称していたようです。

【TOMO2さんの書き込みから】掲示板スレ#1915 H15.12.20
スパスカについては、スパスカ・ダリニボという都市があったようです。地図で調べましたが見つかりませんでした。
ワラチャーエフも前後関係から極東の都市の名前なんでしょうね。
アタマンを叩きのめしについてですが、これは時として酷薄無常な赤軍が、「今日は白、明日は赤」を敵としなければ生きていけなかったロシア農民、少数民族を軍事的な敵として闘ってきた歴史に由来するものではないでしょうか。その位置を反転しますと、赤軍は農民を敵とし、その頭目であるアタマンを叩きのめす”必要性”が浮かびあがることと思います。小生は長年、このような解釈をしております。
また、「はぐるま座」のカセットでこの歌に馴染んだものとしては、2番の歌詞は
♪同志の血潮は旗を 炎と燃やし 進み行く我らアムールパルチザン
が、4番の歌詞は
♪アタマンを叩きのめし、将軍を追い払い 太平洋の淵に勝利の旗が行く
が、口をついて出てきます。以上、ご参考まで。


JASRAC情報

製作日誌:
平成15年3月22日 初版MIDIデータをアップ
平成16年2月17日 TOMO2さんのコメントを追記
平成20年2月2日 4年ぶりの改訂版です。